学校法人 シュタイナー学園

活動報告

2019.05.29

保護者

学園に入れる以上、『教育』を大事にしよう、家とか旅行とかよりも、子ども達の教育を何より優先にしよう、という選択をうちはしたんだな、と思ったんです

保護者インタビュー 三谷浩さん・ゆかりさんご夫妻(前編)

三谷浩さん・ゆかりさんご夫妻
藤野の中でもひときわ山深い牧野地区の一角に佇む一軒家。ここは「スモールハウススタジオ」と名付けられた、フォトスタジオ兼ご自宅で、シュタイナー学園の保護者でもある三谷浩さん・ゆかりさんご夫妻と3人の息子さんが暮らしています。シュタイナー学園の記録写真の撮影も長年担当してくださっている浩さんと、人と人をつなぎ、人望あふれるゆかりさん。そんな三谷さんご夫妻にシュタイナー学園を通して変化していったこと、暮らしについてお聞きしました。

後編はこちら


シュタイナー学園との出会いのきっかけはなんだったのでしょうか?

浩さん もともと渋谷区のマンションに住んでいたのですが、子どもを育てていくことを考えると、どこか田舎で地に足のついた暮らしをしたいという思いがありました。茨城に土地を見に行ったりもしていたんですが、カメラマンとして仕事で出会ったガラス作家さんに『藤野』というおもしろい土地があるよ、と聞いて見に行ってみようとなったんです。
ゆかりさん 昨年学園の高等部を卒業した長男が年長の6月くらいの頃でした。不動産屋に行ったら『シュタイナー学園入学希望の方ですか?』と聞かれて。当時シュタイナー教育のことは知らなかったのですが、名前を聞いて調べてみたら『こんな学校があったんだ!』とぜひ子どもを通わせたいと思ったんです。でもその時は藤野で思い描いていたような土地と巡り合うことができず、高尾にある庭つきの一軒家に家族で引っ越しました。長男が年長、次男が2歳、三男はまだお腹の中にいて。その後、長男がシュタイナー学園に入学してすぐ、三男を出産しました。

高尾で暮らしながら学園に通い始め、暮らしは変化しましたか?

ゆかりさん 当時、小さい子を抱えながら高尾から藤野の学園まで送迎するのは大変なこともあったのですが、そんな姿を見て学園のお母さんたちがすごく助けてくれたんです。同級生のお母さん同士で子どもを預けあったり、風邪をひいたり困ったことがあるたびに力になってくれて。うちは両実家が遠いのですが、この場所で居場所をつくれた、ここだったから安心して子育てができたと思います。
浩さん 学園に入れる以上、『教育』を大事にしよう、家とか旅行とかよりも、子ども達の教育を何より優先にしよう、という選択をうちはしたんだな、と思ったんです。偶然出会ったシュタイナー学園だったのですが、学園の先生方や保護者同士、100%手放しで信頼できる。そう思える環境って今の世の中なかなかないよなあって思うし、そんな環境で子ども達が過ごせることは、本当にありがたいなあって。
ゆかりさん 暮らしの部分では、高尾の家には庭があったので、子どもたちは庭でずっと遊んでいました。土がベビーシッターというくらい、庭で過ごした。子どもが立てる物音や声を気にすることもなく、外でそうやって過ごせたことは、それまでの暮らしから大きく変化し、すごく気持ちが楽になったことでした。

思い描いていたような暮らしが始まったんですね

ゆかりさん それでもシュタイナー教育についてきちんと知らないまま入ってしまい、エポック授業?オイリュトミー?と3年くらいはわからないことも多くて。下の子たちも小さかったので学校の行事や係もあまりできず、これでいいのかな?と迷う時もありました。迷った時にシュタイナー教育の本を読んだのですが、本質の部分を捉え、そこがぶれなければいいんだと思えるようになりました。
浩さん 僕は入学以来、自分の出来ることとして学園の行事などの写真を撮っているのですが、係も仕事も義務や押し付けじゃなく、出来ることを出来る時に出来る人がやればいいっていう、そんな空気感があるんです。


高尾の一軒家に2年暮らした後、一駅先の相模湖にある庭付きの一軒家に7年ほど住み、その後藤野に家を建てることになった三谷さんご一家。後編では教育を家族の優先順位の一番に、と考えていたご夫妻が、藤野で家を建て、新たな暮らしを築き始めた理由、そしてこれから描くことを伺います。

ライター/中村暁野