2024.02.07
美術史 ―9年生の気づき― 「なんか知ってる」
学校法人シュタイナー学園 ニュースレター
VOL.176 2024.2.7
学園の生徒たちは、5年生の社会「古代史」の授業で古代エジプトや古代ギリシアについて、主に神話のお話から、古代文明にあった人間の知恵やその生活について学んでいきます。そして、体育で取り組む古代ギリシアのオリンピック競技や、古代エジプトのオシリスとイシスの神話を劇に仕立てるなどの体験を通して学びを深めていくのです。
7年生(中学1年生)ではルネサンスを取り上げます。良く取り上げられるのは、レオナルド・ダ・ヴィンチで、彼の人生や人となり、興味や発明などを学ぶことは、思春期を迎えた7年生にとって、まるで自分が新たな「自分」を発見するように感じていることでしょう。
9年生(中学3年生)の「美術史」では、古代エジプト、古代ギリシア、ルネサンスという西洋文化の礎となっている美術について学んでいきます。既にご紹介したように、生徒たちはこれらの時代について古代史やダ・ヴィンチの人生を通して学んできています。9年生では「美とは?」という問いかけから始まり、再びこの3つの時代における美術を、作品を観察することやその時代の出来事や人々の考え方を知ることで、変化していく人間の意識について学ぶことになります。
9年生に「ルネサンスについて覚えていることを教えてください」と問いかけると、「フィレンツェでしょ」「そうだ、ダヴィデ像」「あ、ミケランジェロだ」「ダ・ヴィンチと喧嘩してたんだよね」という断片的な言葉での表現がほとんどです。でも、それでよいのです。学んだことは、一度忘れる(寝かせる)ことが必要です。ゆっくりと時間をかけて一人ひとりの内に浸透していくように。
この例えが正しいと思われるかどうかは問いが残りますが、皆さんはウイスキーの原酒を貯蔵するときに、一度シェリー酒の貯蔵に使われた樽を使うことをご存じでしょうか。新しい樽ではなく、シェリー樽を使うことでシェリーのエキスや香りが、ウイスキーが熟成される時に豊かな香りや深いコク、味わいの余韻を与えるからなのです。このように、学びも熟成されていくのです。
「え? なんか聞いたことあるよね」「うん、なんか知ってる」授業では、生徒たちから出てきたキーワードを基に、記憶のひもを解きつつ新たな視点の学びをすることで、考える方向性が多層になり、そこにある関係性を見出し、生徒自ら思考を構築していくことができます。私は授業を通して、このような学び方にシュタイナー教育の特質を見出すことができると考えています。
ルネサンスに至る道のりでは、中世のキリスト教世界の中での抑圧された市民の人間としての姿に、8年生(中学2年生)までの担任のもとで守られていた「ルールですから」という言葉や「自分たちで決めたことも教員会議の決定で覆された」ことなどを思い出し、生徒たちが自分たちの中にもある抑圧という言葉の意味を見出しました。
そして、十字軍を通して東方からもたらされた学問や技術によって視野が広まり、市民たちは封建制度や教会の束縛から解放された人間らしい自由な生き方を求めるようになったことと、9年生になり高等部という新しい立ち位置に自分たちをも重ね合わせていたかもしれません。
「ルネサンスとは何だったのか?」というテーマのもとに書いた生徒の文章には、ルネサンスの美術の写実性を取り上げ「神の世界を描くときでも、その背景を現実に忠実にありのままを描くということ、つまり『個』の目から見たものを描くということを見出した。『個』の目、つまり作り手の視点からありのままに描くこと……」と表現していました。
これは、神の目から見た世界ではなく、人間の自分の目で見た世界であるルネサンスの本質を良く捉えた言葉だと思います。
9年生はこれからの学びを通して、自分の目で見たものと自然や宇宙、そして人間の社会が示すものの相違に気づくことでしょう。自分と世界というふたつのものが対峙した時、何をもって自分がここに立つのか、どのようにこれから歩んでいくのかを考えていくことになります。
ライター/教員 大嶋まり